難聴亭日乗

つれづれなるままに その日ぐらし

怠業

夏目漱石を読んでいると「退儀」という言葉がでてきた。「身体を拭くさえ退儀だから、いい加減にして、濡れたまま上って、風呂場の戸を内から開けると、又驚かされた」(『草枕新潮文庫p42)みたいな感じで。

 

私の地元でも「たいぎい」をよく使う。面倒くさいとかダルいとか、そんなような意味だ。多分この「退儀」も同じ意だと思う。中四国でしか使われていない認識だった。そういえば漱石は松山に赴任していたから、その影響もあるのかも。

 

手許の辞書(『岩波国語辞典 第七版』)で「たいぎ」を引く。「退儀」ではなく「大儀」が見つかった。語釈としては「骨が折れること。苦労。転じて、面倒で、おっくうなこと」なので同じだ。もともとは重大な儀式の意味らしい。漱石の「退儀」は退屈な儀式っぽい感じして、よりダルさが伝わる。

 

「たいぎ」は関係なくなってしまうが、同じページに「たいきょう」という言葉が載っていて、それぞれ「退京」と「滞京」なのだけど、同音で意味真逆なの面白い。口頭で「タイキョウせよ!」って言われたら、東京を立ち去ればいいのか残っとけばいいのかわからん。多分言われることないけど。