吉澤嘉代子を好きになる機会は、過去に二度巡ってきていた。初めは、架空OL日記を見ていたとき。次は、『残ってる』を紹介していたDAM Channel…
絶好の機会には乗らず、なんでもない時に、なんとなく動画を巡っていたら、吉澤嘉代子にたどり着いた。そして、気づけば好きになっていた。
人が何かを好きになるというのは、げに不思議なことだ。今月初めの話である。すぐにライブのチケットを取った。全会場完売の中、機材エリア開放で運よく入手できたのだった。
会場は心斎橋BIGCAT。整理番号は830番台、呼び出しが850番ほどまであった。最後方で見ることになったが、女性が多いのもあり、視界が開けていた。
一曲目、この曲を聴くために来たと言っても過言ではない。奔放な学生期が終わるこの時期に、モラトリアム期を過ごしたここ大阪で。『ストッキング』
イントロが流れた瞬間から、涙が止まらなかった。
「もうわかっているよ わたしは特別じゃない」痛いほど響いた。信じる力を魔法のように持っていた頃の自分に、現在の私は向き合えるだろうか。私はどんな大人になるのか。
ストッキングは、子供の頃には履かないものとしての、大人の象徴として描かれている。素肌を包み隠してしまうもの。大人、か。
『ユキカ』『綺麗』『手品』、ツアー特別版らしい『怪盗メタモルフォーゼ』と続く。最近好きになったというのもあり、ほとんどの曲を知らなかったので、新鮮で楽しかった。
『綺麗』が歌っている「一瞬の永遠」は、ボードレールの『行きずりの女に À une Passante』に通ずるところあるだろう。
「いつからか二人は絵画の主人公 煌めく命 永遠になるの」とは、あの二度とは逢えない一閃の美を、見事に摑まえている。
最後の「きらっきらっ」「ぴかっぴかっ」「くらっくらっ」が、濁って「ぎらっぎらっ」「びかっびかっ」「ぐらっぐらっ」と狂気じみていくのも面白い。
音で言えば、今回のツアーで初めてバンドに取り入れられたという、トランペットやサックスがとても映えていた。ちなみにバンド構成は、
横山裕章(Key)
ハマ・オカモト(B / OKAMOTO'S)
尾崎博志(G)
湯本淳希(Tp / FIRE HORNS)
加藤雄一郎(Sax)
というメンバー。『綺麗』は、音源でも湯本淳希さんがトランペットを吹いていたそうで、ご本人です、とMCで紹介されていた。
「キラキラ女子」のような曲が過ぎ、ここからライブは深い海の底へ。
『ユートピア』の演奏、特に終盤の激しさ、溺れてしまったときの鼓動の乱れのようなドラムに、息が苦しくなる。ライブで聴くと、ここまで飲み込まれるのか。
『化粧落とし』は、サビで豹変する曲。そのあたりが「化粧」と深く関わっている。印象としては、筋肉少女帯ぽいかもなんて思った。
『地獄タクシー』からの『麻婆』で地獄に落ちていく。踊りの知らぬ私でも、自然に踊り出してしまいそうな地獄の先には、楽園を夢見る子供たちのシークレットコール。
『えらばれし子供たちの密話』は、学校の連絡網を使い「親を殺して楽園に行こう」と約束を取り合うが、結局叶わなかった子供たちの話だという。不思議とこの曲がとても焼き付いている。最後のサビがなんとも切ない。
三島由紀夫の戯曲をもとにした『シーラカンス通り』から、静かに『ぶらんこ乗り』へと移りゆく。
次は『movie』という曲だった。このとき初めて聴いたのだが、「あたらしい、うつくしい、やさしい、いとしい、」という言葉たちが、すっと寄り添うように入ってきて、温かい曲だなと思った。
後に歌詞を読んで、死について歌っていたのだと知る。なるほど、死んでしまった人とでも、夢の中なら待ち合わせられる。「目覚めたときに 終わる映画でかまわないよ」と歌っていたのだ。
『一角獣』と続くこの辺りの曲は、かなり直接的に響いてきたように思う。物語の人物ではなく、吉澤さん自身が、詞に音に濃く乗って届いてきたような。
どうしても今回のツアーで、最後の曲としてやりたかったのだという『雪』もそうだった。
「春が来たなら 雪もとけて」と歌うこの曲に、聴き入っているうちにまた泣いてしまった。歌詞の意味はまだあまりわかっていないが。いや、わからなくていい。「季節はかならず巡る」ということが胸いっぱい感じられれば、それでいい。
終わってしまうのが寂しいので、もう一度出てきてほしいと手を叩く。
ああ、もういちど、うまれてよ。そう、アンコールは『月曜日戦争』
ル○ンド砲から放たれたルマ○ドが左胸に直撃する。射られてしまった。吉澤嘉代子のライブ楽しい。めちゃめちゃ楽しい。なんかもう月曜日だ。最高に月曜日してる。
頭の中まだ月曜日戦争だが、最後の、本当に最後の曲へ。火曜日はどうにも止められぬのである。
『残ってる』で終わるライブ、この余韻。会場出て、ドリンク券で引き換えたメロンソーダ飲みながらも、ゆらゆらと吉澤さんの歌声が残ってる。心地よいような、寂しいような。
ウルトラスーパーミラクルツアーという題名について、吉澤さんの出身地である埼玉県独特の出席の取り方の話をしていた。
名前を呼ばれたら、「はい、元気です」と答えるのだそうだ。それを「スーパー元気です」なんて言い出す男子が現れ、次第に「ハイパー元気です」「ウルトラ元気です」と元気競争へ発展していき、最終的には「ウルトラスーパーミラクル元気です」なんてことに。
なんでもない子供のノリだが、このライブもそんなふうに、自然に、なんでもなく「楽しい」が波及していって、その過程で「スーパー楽しい」「ウルトラ楽しい」って、最終的にはウルトラスーパーミラクル楽しいライブになっていったんじゃないか… なんて思いながらの帰りの電車、改札はよそよそしい顔で、IC残高不足を責められた。