難聴亭日乗

つれづれなるままに その日ぐらし

お寿し

お昼に回転寿司を食べに行った。鯛、えんがわ、イカなどを食べ、そろそろはまちや赤身に移行しますかね、と思ったとき、隣にお客さんが座った。けっこう空いてるのになぜかすぐ隣にきた。やだな、他人との距離、ある程度欲しいんだよな。

隣に座ったおばさん(おばあさん?)は、席についた瞬間からずっと喋っていた。席に案内した店員さんと。その人がいなくなれば、レーンの内側で寿司を握っている店員さんと。

めっちゃ常連なのかと思ったけど、この店に来るのは二回目らしい。なるほど、こういうタイプの人だ。苦手だな。フロアで忙しなくしている店員さんも、寿司握ってる店員さんも、ほんとは話しかけてほしくないはずである。そういうピリピリが意識せられて、緊張感で寿司どころではない。

それともう一つ、私の方にきたら嫌だな、という緊張感もあった。必死に存在を消していた。私は石ころ。回転寿司屋にたまたま転がって入ってきてしまった、路傍の石ころ。石ころ。

 

「○○(どこかの店の名前、失念した)で見たことあるよ、君。カラオケ歌ってたよね、私もよく歌いに行くのよ」

ウワーー話しかけてきた!!!!なぜだ、石ころなのに!!助けて!!とか思いながら、「え、知らないです、ハハハ…」なんて返す。拒否の構え。なのに「あの店は知り合いの店で〜」などと会話が展開していく。なんでなんだ!知らんって言ってるやん!

会話のキャッチボール、成立しないように全部のボールに「へえ…」「ああ…」「いや…」という雑返球をしているのに、休みなく投げてくる。怖い。

いびつなキャッチボールを続けている間に、「このあと一緒に店行く?」みたいな流れになっていた。行くわけない!怖い!それはバシッと断り、あとはもうできるだけ無視した。頼む、他の誰かしらの方に行ってくれ。

 

耐え忍んでいたら、おばさんは会計の準備をし始めた。安堵の息が漏れる。助かった。やっとまったり寿司が食べられる。まあもうなんかお腹いっぱいな感じなんだけども。とりあえずかっぱ巻きでも、と頼んだのだが、なんだか店内が騒然としている。というかフロアの店員さんが電話しながらめっちゃ焦っている。「心臓発作」という言葉が聞こえてきた。なにごと???

 

どうやら奥の席のお客さんが意識を失ったようだ。こんなことってあるんだ。この中にお医者さんはいませんか的な状況になった。ドラマじゃん。会計を済ませて「どうしたの?」と様子を見に行く隣のおばさん。あんただけは行っちゃだめなんだよ!!早くなんとかいう店に行ってカラオケしてなさいよ!!

そうしているうちに救急車が到着。店員に状況を聞く救急隊員。なんかべちゃくちゃ喋っているおばさん。隊員さんにくっついて行って「看護の資格持ってるから!」みたいなことずっと言っている。プロに任せろって!あと隣の席ふと見たら、めちゃくちゃシャリ食べ残してるな!刺身にしとけよ!

 

倒れたお客さんは無事だったみたいで、担架使わずに隊員さんに支えられながら運ばれていった。おばさんはいつの間にか消えていた。

嵐は過ぎた。かっぱ巻きをパクっと食べ終え、店を出た。人集りができている。まだ救急車は発車していないようだった。(消防車が一緒に来ていて、それが先に出たため?)ぼんやりと様子を見ていたら、どこかからおばさんの声が聞こえてきた。うわあ、幻聴かな、なんて思ったら、後ろに─なんということであろう─後ろに居たのである。まだいたのかよ!翻訳小説風に戦慄してしまった。もう完全無視して速歩きで逃げた。

 

おばさんはいまもどこかで誰かに話しかけているのだろうか。

どこからか声が聞こえてはきませんか。あなたの隣から。あなたの後ろから。

「見たことあるよ、君」