難聴亭日乗

つれづれなるままに その日ぐらし

ylang-ylang

連休は大いに動いた。どこもかしこも人でごった返すこの時期は、家で大人しくしていることが多いのだが、雨降りの土日を除いて毎日出かけた。

江ノ島なんぞはいつかの梨泰院のごとき込み様だったらしいが、わが田舎は、普段より人は多いが身動きの取れぬほどではない。城跡の公園で花でも見ながらからあげ食べたりして、ゆったり過ごせた。

 

連休中は家の片付けもしたのだけど、せっかく物がなくなったのに、新しくよくわからん物を家族がどんどん注文してしまって辟易した。掃除機はもうあるのに、最新型のを買い足したり、使いもしない(であろう)台所の便利グッズを色々セットで買ったり。

そもそも使いもしない物で溢れていて、手が付けられなくなっていたのを、かなりの時間と労力とお金をかけてやっと片付けたのである。せっかくスッキリしたのに、また要らない物を増やす意味が分からない。

 

みたいなことを話してみたら、「あなたも便利になると思って」的な返答があった。これが一番困る。「あなたのため」というのは一番卑怯だ。違うでしょう。自らの購買欲を満たすためだ。私のためを思ってくれるのなら、何に困っているだとか事前に聞いてくれればいいし、それの手助けになりそうなこういう商品があると教えてくれた上で、相談して買えばよろしい。そもそも、不要な物が少なく、広々とスペースが使えたほうが何倍も助かる。

「あなたのため」を押し付けられた側は、とても苦しい。正直に「迷惑だ」などと言ってしまうと「あなたのためを思ってやったのに!」と人非人扱いされる。受け入れざるを得ない。めちゃくちゃ強引な手法なのだ。欲しかった物も買えるし、なんならちょっと良いことした気にすらなれてしまう。

 

私は一人ひっそり苦しむのそんなに得意ではないので、地獄の空気になるのを覚悟で「迷惑だ」「要らん」「要らんすぎる」と正直に伝えた。案の定めちゃくちゃ地獄になったし軽くキレられたけど、話し合って「これはあってもいいかもね」となった商品は残して、あとはキャンセルしたり返品することができた。話してよかった。

 

「毎日ゆでたまご作る」と言うので残した電気たまごゆで器が、まったく使われる気配がなく、すんごい邪魔なのだけど、収納してしまうと二度と使われないので、台所のど真ん中に置いてあるから早くたまご茹でてほしい。捨てるぞ。